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自衛隊側が時速50kmを出してたとこだわるのは、自分の超過分の速度を誤魔化すためでしょ。
そうでないと、あなたの出鱈目な計算式の整合性が取れない。
あなたの訴状にある根本的な欠点はここに存在する。
時速50kmを主張し続けるつもりであるなら、制動痕の部分は書くべきではない。
また、40kmで止まり切れないとする距離を、時速50kmで走行するトラックが、急ブレーキとはいえ止まる事が出来るとする持論を展開するにあたっては、あなたの精神構造を疑ってしまう。
あなたの訴状は万事が万事、この様に無理な前提を元にした屁理屈のみで成り立っている。
警察及び自衛隊関係者の証言は、おおむね好感と共感を得ることができている。
しかし、小野寺氏の証言のなかで、衝突時のブレーキを踏まなかったという証言のみが、共感を呼ぶ証言の中にあって違和感を覚える。
どんな喚問内容によって導きだされた証言かは知らないが。
私に言わせれば、ブレーキを踏んだか踏まないかなど証言する必要はない、それにかかる「全然あぶないとは思わなかった」も証言する必要がない。
小野寺氏は危険を感じた時点でブレーキを掛けていた、衝突時には30km程度に速度は落ちていただろう、だから事故現場より制動痕を残さず8mの距離でストップすることができた。
25Rの右コーナーにおいて制動を掛けてしまい、軽度のジャックナイフ現象を起こし、原告の退路を絶った為に起こった衝突。
これを、隠蔽するためになされたのが「ブレーキを掛けなかった」という証言であり。
それを、正当化するための証言が「全然あぶないと思わなかった」ではないか。
これが、小野寺証言から導きだした推測である。
私の推測を真実であるとは言わない。
真実は、あなたと小野寺氏の中にしかない。
裁判とは真実を争うものでは決して無い、当事者でない裁判官に真実があろうはずはない。
第三者が、どちらの言い分により共感を得られるかを争う場であり、法律も証拠も単なる小道具に過ぎない。
あなたの訴状では自衛隊・警察・裁判所はおろか弁護士の共感を得ることも不可能だ、おかげで、小野寺氏のミスまでも覆いつくしてしまっている。
方法論を間違えなければ、あなた程度の交渉能力でも、裁判にたよらずに自分の損害の20%程度は相手側に負担させることが出来た事例だ。
だが、全ては手遅れである。
私は、日本国民として被告側訴訟費用の全額原告負担とする訴えを起こすことすら望んでいる。
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